2015/12/31

言葉の裏に隠された意味とは

書きたいことが山のようにある。
なら全部書けばいいじゃんと思うだろうが、とてもじゃないがまとまりきりそうにない。
これまでのこと、これからのこと、自分自身のこと、キリバスのこと、頭に浮かんでは頭の中で言葉にしてみるのだが、いざそれを文章として起こした場合、何時間かかるかわからない。
が、いったん今回は今年中に書いておいたほうがよさそうな内容を書いておこうと思う。

まず、一つ誤らなければならない。
前回のエントリーで、「訓練の終了式で何を感動することがあるだろうか」などと書いたと思う。



すみません、普通に感動してました



5回くらい泣きそうになりました。
まあ、訓練生活では本当に色々とあったんです。

一番初めの泣きそうになったポイントは、終了式当日の朝。
最後のオリエンテーションがある講堂で、オリエンテーションが始まる前の礼をする際に放たれた一言。

「青年海外協力隊員、起立!」

その時、私はようやく青年海外協力隊になったのだ。
それまでは、我々に放たれる言葉は

「候補生の皆様、ご起立ください」

だった。
我々はその前日までは、彼ら訓練所スタッフにとっては「客」だった。
それが、その日を迎えてようやく、我々は彼らの「後輩」となったのである。
机に置かれた「Japan Overseas Cooperation Volunteer」の文字が描かれたピンバッジを手に取る。
たったこれだけのことが、大いなる感慨となって私の中に流れ込む。
隣の席に置かれたピンバッジにも、同じく「Senior Volunteer」の文字が

・・・ん?!

ごめんちょっと待って。

この中にシニアボランティアいねえはずだよな?!(シニアボランティアはひと月以上前に全員訓練終了)

結局手違いがあったようで、ピンバッジはいったん全部回収されていきました・・・。

こんなところにネタぶっこんでくるあたりさすがです先輩!!!!!!!


そんな訓練生活の最後の最後で、私とは別の生活班が面白い試みをしていたので、ここで取り上げたいと思う。
内容は、班員全員で俳句を読み、その俳句のどれが最もすばらしい作品であったかを競うと言うもので、「候補生に一人一票ずつ投じてもらうことで、優劣をつけるそうだ。
各自の作品は一枚の大きな紙にマーカーで書かれ、候補生全員が見ることが出来る位置に掲示されていた。
その全てが秀逸な作品で、私もどの作品に一票を投じるか小一時間は悩んだと思う。
その結果、とある作品が最も秀逸であると感じ、一票を投じたのである。
今回、その作品の作者の了解を得て、ここに掲載させて頂くことにした。
その作品は、以下のものである。


洗濯機 とても空いてる 土曜夜


私が一票を投じる上でまず考えたのは、これが「青年海外協力隊候補生が作成した、青年海外協力隊候補生としての俳句」であると言うことである。
ならば、その句を見たとき、万人がその句を理解できる必要はない。
逆に、万人が理解できてはならない。
青年海外協力隊候補生、ならびにOBがそれを見たとき、「あぁ~、確かにそうだよなー!」と言えるものであればそれでよいのだ。
それを踏まえた上で、この句を細かく見ていくとしよう。

まず、青年海外協力隊候補生は、例外なくその全てが必ず訓練合宿を経る。
その訓練合宿においては、風呂をはじめ洗面所、トイレなど、色々なものを共用することになるのだが、そのうちの一つに洗濯機がある。
洗濯機は合宿所の宿泊棟のそれぞれの階に複数台乾燥機とペアで設置されており、ある程度の台数もあったため、普段はそこまで渋滞する心配はない。
しかし、それでも平日は大体が全ての洗濯機がフル回転となっており、時には全ての洗濯機が使用中ということもしばしば起こり得た。
それが起こる原因の一つに、洗濯機の「利用時間制限」がある。
日曜日以外は、洗濯機はなんと12時半から17時までは使用禁止なのである。
何故かは知らん。
すなわち、日々の生活の中でも洗濯というものにかけられる時間には限りがある。
であれば、時間を有効活用するため、洗濯と乾燥を一気にやってしまえる夕方から夜にかけてやらなければならない、ということになる。
ちなみに夜は22時20分以降は洗濯機、乾燥機ともに常に使用不可となる。
みんな寝るしね。

要は、効率よく選択をするのであれば、午後の課業が終了した17時に洗濯機をまわし始め、食事や入浴を済ませて宿泊等に戻ってきたタイミングで終了した洗濯物を乾燥機にかけ、1時間弱放置と言うのがもっぱらのルーティーンなのだ。
全員がこのルーティーンを取っていれば、平日の夜は洗濯機が渋滞するのも頷けるというものだ。

そんな中、唯一夜に洗濯機が空く曜日がある。
それが、土曜日だ。

なぜ空くのかというのを説明するには、これまた別の要因を説明しなければならない。

先のエントリーで述べたこともあるかもしれないが、青年海外協力隊候補生の日常は、月曜から土曜日までは9時45分から17時までみっちりと課業で占められている。
平成27年度3次隊には幸か不幸か、ただの1日も連休が与えられることはなかった。
そして、月曜日から金曜日までは門限が19時までと決められている。
19時以降は施設の全てを施錠し、それ以降は入ることも出ることもできない。
しかし、土曜日と日曜日だけはその門限が22時まで引き伸ばされる。
候補生たちに唯一許された、わずかな自由がそこにはある。

合宿所の施設内は前面禁酒。
缶ビール一本でも持ち込んだことがばれれば即退所。
酒が飲めるタイミングなど、その土日のどちらかしかありえない。
であれば、翌日が休日となる土曜夜に飲みに行かない理由などありえない。
そんなこんなで、候補生のほぼ半数が土曜の夜は外出し、仲間とともに杯を酌み交わすことになる。
当然、外に出ていれば洗濯をすることも出来ない。
必然的に、土曜の夜は洗濯機がとても空くことになるのである。

まあ、これだけであれば「あー、普段忙しいから皆飲みに行ってんだねー」くらいの感想しか生み得ないだろう。
しかし、最も重要なポイントが、この句には隠されているのである。



それは、「なぜ土曜の夜に洗濯機が空いていることに気付けたか」と言うことだ。



土曜の夜にいつも飲みに行っているのであれば、土曜の夜に洗濯機を回す機会もないだろう。
であるならば、土曜の夜に洗濯機が空いているということにも気付けたはずはない。
すなわちこれに気付けたという人は、他の候補生が飲みに行っている間、なんかしらの理由で飲みに行くことが出来なかったと言う人なのである。

原因は色々とあるだろう。
語学の勉強がどうしても追いつかず、土曜の夜や日曜をフルに使わざるを得なかった人。
人間関係がうまくいかず、どうしても飲みに誘われたメンバーとそりが合わないと感じたため辞退した人。
そもそもお酒が飲めない人。
こんな原因は、青年海外協力隊員でなくても、誰でも起こりうることでもある。
しかし、協力隊候補生としての訓練合宿においては、ほぼ確実に全員がなんかしらの問題を抱える。
普段社会人生活を送っている中では、決して起こりえないような問題を抱える人すらいる。
その問題の中には、たまの休みに飲みに行くことすら阻むようなものもあったりする。
この句を読んだ彼がどのような問題を抱えていたか、それとも抱えていなかったかは私が知る術はない。
しかし、私自身がなんかしらの問題を抱えながら訓練生活を送っていたと言うことは、この句に隠された本当の意味に気付けたという点から見ても、間違いないのだろう。

さて、長々とたった17文字の文字列に秘められた意味を考察してきたわけだが、この句がいかに秀逸な句であったかがお分かり頂けたかと思う。
と言うことで、この句の私なりの解釈の要約を、以下に述べさせて頂こう。


普段は混んでいる洗濯機も、土曜の夜は皆が飲みに行っているために利用者が少ない。
自分は語学の勉強が追いつかないため、その飲みに参加することすらできず勉強し、ついでに洗濯機を回している。
回る洗濯機を見ながら思う。
本当に、こんなことで途上国へ行っても大丈夫なのだろうか?
不安に押しつぶされそうになる。
全てを忘れて、皆と飲みに行けたらどれだけ楽だったのだろう。
もう今、自分が辛いのかそうでないのかすらわからない。
この洗濯機のように、ただ、過ぎ行く日々を回すのみ。


なんかちょっと深読みしすぎですかねぇ?!


すみません、色々と物事を深読みしすぎる悪いくせが出てしまったようですテヘペロ。
なんとなくこのエントリーは、私という人間がどれほど疑り深いかが良くわかるエントリーとなりそうだ。
まあ、この点に関してはまた後ほど述べさせて頂くことにしよう。


さて、そんなこんなで迎えることとなってしまった大晦日。
今年は本当に激動の一年となりました。
春、今の職場に疑問を感じた。
受かるかどうかわからないまま辞めた仕事。
宙ぶらりんのまま過ごした夏。
協力隊候補生として色々なことを詰め込んだ秋。
無事、協力隊員になることが出来た冬。

来年、私は青年海外協力隊として南国の楽園へ行きます。
この一年、お世話になった全ての人と、携わった全てのものに感謝いたします。

ありがとう。

そして、来年もよろしくおねがいします。


2015/12/13

派遣前合宿その10 方法論

寒空の下、片道40分の道を歩いて店にたどり着き、席についてメニューを見る。
さて、今日は何を食い、何を飲もうか。
ひとまず今は腹が減っているのでガッツリと食べたい気分だ。
ふと、中華料理屋にもかかわらずメニューにある「ソースカツ丼」が目に付いた。
ご丁寧に「オススメ!」と書いてあるあたり、ソースカツ丼のメッカである駒ヶ根らしいと思う。

「あ、ソースカツ丼と、それからー・・・」

少し悩んでいると店員が口を開く。

「クロキリ、お湯割り?」

「あぁー、じゃあ、それでw」

店員さんが中国人なのは実に中華料理屋さんらしい。
完全に顔を覚えられているようで、いつも飲む芋焼酎「黒霧島」のお湯割をお勧めしてくる。
こちらとしても特にそれで不満があるわけではなかったのでそれをオーダーした。
一人で飲むのはこれで何回目だろうか。
訓練生活のラスト三週くらいからこれをはじめたのは、生活が急に楽になり始めたという理由もあるが、やはり私はお酒を飲むのが好きなようだ。

今週が、駒ヶ根での最終の休日となる。
はたして中華料理屋の店員さんは、私が協力隊候補生だということに気付いていただろうか?
もう、この中華料理屋でソースカツ丼を注文することも黒霧島のお湯割を注文することも無いだろう。
そう思うと、店員が暇になるのを見計らって「ありがとう、お世話になりました」くらいは言ってもよかったかもしれない。
ありがとう、ここで食べた春巻き、美味しかったです。


さて、話は変わっていよいよ今週が派遣前訓練の最終週である。
といっても、先週までの間に講座関連テストも語学テストも完了してしまったので、今週はほとんどもう何もやることが無い。
語学のクラスも先週に終わってしまった。
やることといえば、後片付けと壮行会と、あとは家に帰るだけだ。
忘れてはいけません。おうちに帰るまでが遠足です。
ほぼ全ての訓練メニューを消化したにもかかわらず、最後の休日で羽目をはずしすぎて派遣取り消しとなってしまう人が、なんとかなりの頻度でいるらしい。
にわかには信じがたいが、事実だそうだ。

あと、このエントリーは駒ヶ根の訓練所における最後のエントリーとなるわけだが、残念ながらしんみりとした雰囲気にはするつもりはない。
なぜなら、私たちはまだ何もしていないのだから。
まだ日本から出てすらいない私たちが、何を感動することがあるのだろうか。
これから任国で起こるであろう出来事の数々に比べれば、恐らくはこの訓練所で身に降りかかってきたその全てがまるで旱魃に苦しむ土地に降りそそぐ恵みの雨のように感じるだろう。
私の出発日は1月12日だが、そこまでに私がする必要があるのはただ一つ、「気持ちを切らさないこと」である。
家に帰ったら、数週間の冬休みが待っている、などということはありえない。
恐らくはこれまで以上の語学の自主訓練、および任国へ向けての準備が待っている。
重要なのは、セルフコントロールである。

実はそのための準備を今からしていたりする。
いかに語学を無理なく勉強するか。
もし単語を覚えるという作業がつまらないのであれば、つまらなくない方法を見つければいいだけの話だ。
もし長時間英語に触れているのがきついのであれば、きつくなくなるような方法を見つければいいだけの話だ。
要は、いつも思うことなのだが、方法論である。
精神論は、ありとあらゆる方法を試してそれでも駄目だったときに好きなだけ唱えればいい。
残念ながらメンタルが豆腐な私は、その精神論とやらがとてつもなく苦手だ。
いやお前元空手部だろうがよというツッコミに対しては全面的に謝るけれどもやな。
でも、空手部にいたときも言われました。

気合が無ければ何も出来ないが、気合だけでは何も出来ない。
根性が無ければ何も出来ないが、根性だけでは何も出来ない。

何でもかんでも、とりあえず頑張ればなんとかなる?
世の中そんなに甘くはない。

考えろ。

考えて考えて、とにかく楽な方法を見つけ出せ。

私は色々と探した結果、英語の勉強が出来るスマホアプリ(ゲーム含む)を色々と見つけました。
これがあれば、私の場合軽く1日10時間くらいは英語に浸ることが出来そうです。
加えて、訓練所で習ったことを復習しようと思います。
あ、こっちの方が先にやらないとね。

さて、今週からまた新しい生活がはじまる。

2015/12/06

派遣前合宿その9 粒度と順序

最近、訓練所にいて新たな悩みが発生している。
これまでのようにがむしゃらにやっていれば気がまぎれるようなものでもないので、余計にたちが悪い。
語学に関しては常にそのことだけを考え続けた。
人間関係に関しては、人の助けを借りたり、まあ自分で何とかしたりできた。
それで、なんとかここまで乗り切った。

しかし、「暇」だけはもうなんだか、どうしようもない。

徐々に終了していく訓練。
課業はこちらの意思とは関係なく上から下へ順番に流れていく。
それは、英語の課業に関しても同様だ。
過去のエントリーでも何回か触れたが、訓練中盤においては英語のテクニカルクラスへの準備が生活の大部分を占めていた。
しかし、先々週にそのテクニカルクラスの最後のプレゼンテーションも終わってしまった。

急に増える、自由時間。
いや、自由時間の物理量が増えたんじゃない。
自由時間を費やさなければならない課業が減っただけだ。
他の言語では「もう駄目だ・・・」と悲壮な声も上がっていると聞く。
授業が楽?違う、私自身が楽をしているだけだ。
まだ訓練だって終わったわけではないのにこれでは、家に帰ってからのことが今から不安だ。

考えなければならないことは沢山ある。
語学の勉強だって、もっとやらなければならない。
テクニカルクラスにて自身に課していたタスクも未完了のままだ。
今回は、そのタスクをここに記すとしよう。

まずおさらいだが、青年海外協力隊の訓練所における語学訓練は以下の二つに大きく分かれる。
  • ホームクラス
  • テクニカルクラス
ホームクラスとは、要はその言語の基礎力を高めるための授業だ。
その言語の文法の学習やボキャブラリーの強化など、その言語を使用するのに必要となる基礎をそのクラスで徹底的に鍛えなおす。
なお、他の言語の場合はイチからのスタートになる人も多いが、人によっては初期段階で大きく差がある場合もある。
したがって人数が多い言語の場合、ホームクラスは訓練所入所時の語学試験の試験結果においてざっくりとレベル分けされる。

これに対しテクニカルクラスとは、言語を使用する上での応用力の強化、すなわち「実践」である。
内容は基本的にはプレゼンテーション、人によっては模擬授業をやることになる。
こちらは職種に応じてクラス分けされる。
私の職種はコンピュータ技術なのだが、PC関連職種と言うことで「PCインストラクター」の方々と一緒にテクニカルクラスを実施することとなった。
私の内容は「DBとSQLに関する模擬授業」。
時間は40分の授業を5コマだ。
ゲゲゲ!40分の授業を5回もやんないといけないのかよ!
と、そのはじめは思っていたのだが、途中で気が付く。
DBとSQLなんて、たかだか200分そこそこの時間で教えきれるようなものではないということに。
そしてそこで思い出す。
そもそも、私はDBやSQLのことを教えてもらった経験がなかったということに。

そう、問題はまさに、語学の問題以前である「そこ」にあった。

私がITエンジニアを志したのは今から7年以上前の話だ。
私は転職の末、以前の会社に世話になることになった。
当然その時点でIT関連の技術は皆無、知識も経験もあるはずがない。
そんな私に最初に与えられたのは、研修課題だ。
≪研修課題≫
JAVA言語で指定された機能を作ってください。
わからないことがあれば先輩に聞くか自分で調べてください。
出来上がったら、レビュアーに声をかけてレビューしてもらってください。
以上。
それ自体は珍しいことでもないし、技術職であればOJT(On the Job Training)などよくある話だ。
研修が終了し、実際に現場で働くことになってからもそういったことだらけだった。
現場が変わるたびに変わる言語。
言語が違えば環境も違う。
そのたびに調べることは全て自分で調べ、自主学習と自己研鑽に努めた。
そして身に付く、「学習能力」。
ここでいう学習能力とは、完全に「プログラミング言語」限定の学習能力だ。
全く新しい言語を学習する場合に必要となる「学習内容」が、他の人よりは把握できている。
はじめに何が必要か、何をすれば動くのか、その結果何が出来るようになるのか。
ならば、それをただ教えればいいだけのことだと、思われるかもしれない。
しかし、事はそう単純ではない。
ここで私は少なくとも二つの問題に直面することになる。


それは「粒度」と「順序」だ。


一つ目の問題は「粒度」。
私が一番初めにプログラミング言語を学習した際、与えられたのは「課題」のみであった(実際はそうでなかったのかもしれないが記憶にないということは存在しなかったということだろう)。
誤解のないように言うが、私はそれが「悪い」と言っているのではなくて、ただ私の場合そうであったというだけの話だ。

ここで、私が「粒度」といっているものを再定義しようと思う。
ここで言う粒度とは、「目的地へ到達するために経由が必要な目標が現れる頻度」である。

「これが作れるようになれれば大体のプログラミングは習得していると言えますよ」という内容の課題を与えられ、ひとまずそれを自主的にこなす。
私は必死に課題をこなした。
なぜならば、その課題を完了することが出来なければ仕事を得ることが出来ないためだ。
結果として、私は2ヶ月間でJAVA言語をなんとか使えるレベルまで習得し、IT業界の現場へと旅立ったのである。
すなわち、私にとってはその「粒度」で問題はなかったのだ。

「何かを教える」という問題に対し、まず必要なのは「どれくらい教えるか」を考えることだと思う。
私の場合、教わったのは「どれくらい出来ればOKですよ」という「目的地」である。
人によっては、それさえ教えておけば後は自主的に自分で道を見つけて目的地へ到達してしまう。
つまり、その「粒度」は極めて粗いものだった。
しかし、これから私が任地にてIT技術を教えるとなったとき、果たしてそれと同じ粒度で良いだろうか?
答えは「NO」だ。

教え方の粒度が粗ければ粗いほど、その習得は教え子の「自主性」頼みとなる。
その自主性を支えるものは、教え子自身が持つモチベーションだ。
すなわち、教え子がその粒度に耐えうるモチベーションを持ちうるのであれば、ゴールだけ与えておけば良い。
しかしそうでないのであれば、細かく中継地点を設け教え子を誘導してやる必要がある。
でなければ、教え子は途中で道を見失い迷子になるか、諦めるかしてしまう。
しかし、手取り足取り教えることが正解でもないような気がしている。
なぜなら私が行く場所は国の省庁であり、教える相手は少なくとも政府機関のスタッフだ。
恐らく私は働きながら、教え子へIT技術を教えていくことになる。
ならば、イチから全てを教えている時間など存在しない。
それに相手は少なくとも大学を卒業している大人なのだ。
手取り足取りなど不要である可能性もかなり高い。

テクニカルクラスが終了して少し経つが、これに関して掘り下げて考えることは出来ないでいる。
ただ、とりあえずは現地へ行き、国民性や現場の空気、教え子自身のキャラクターをみて判断するのが一番なのではなかろうかとも思えてくる。
とはいえ、今のうちから「どれくらいの粒度とするか」のパターンはいくつか作っておく必要があるだろう。


二つ目の問題は「順序」。
教える内容の「粒度」がもし確定し、ある程度の内容を教えなければならないとなった場合、どうしても教える内容に「順番」が発生する。
全ての内容を一気に教えることは不可能だからだ。
まず、何を、教えるべきなのか?
まずはさておき、その言語の習得がなぜ必要なのかを教えるか?
それとも、何はなくとも動くソースコードを与えて動かさせてみるか?
最も簡単なソースコードを書かせてみるか?
言語の文法からいきなり教えるか?
なぜこれらの順序がわからないかというと、これも「教わった経験がない」からに他ならない。
「私がどうしてきたか」を語るのは簡単だ。
だが、前述した通り「それで良いか」どうかは別問題である。

私の場合、課題が与えられて、それが必要となる環境をまずは自分のPCへ設定する。
Oracleってなんだ?よくわからんけどとりあえずインストールすればええんやな。
JAVAってJDKってのインストールすればOKなん?
Eclipseってなに?!
Apacheってなにーーー?!
よくわからんけど全部入れればええんやな?!
とりあえず全部動くようになったけどほんまにこれでええんやな?!

え、あぁ、あー・・・、なんか画面に「Hello World」って表示されたけど、これでやっとソースコード動かせるようになったわけなんやなー。


つまり、課題の中心である「プログラミング」へ到達するまでに「よくわからないけど進まなければならない工程」を経ている。
この工程は一般的に「開発環境の構築」と呼ばれる。
正直に言うと、面倒くさいことこの上ない。
実際プログラミング初心者がプログラミングの勉強をするうえで壁の一つとなるのが、この「開発環境の構築」である。
私が任国で教えるとなるときも、これに関しては細心の注意を払う必要があると感じている。
つまり、ホントのホントにはじめから、つまり開発環境の構築からやらせるのか、もしくはクソ面倒で挫折しがちな開発環境の構築を教えるのはひとまず後回しにしてとりあえず出来上がってる環境を与えてソースコードを教えるところからはじめるのか。

最終的に全て教えることになるといっても、その順番を違えると所々内容の理解が浅くなってしまったり、興味を引き出しきれなかったりすることもあるだろう。
これに関しても、教える内容の「アウトライン」だけは事前に想定しておいたほうが良いのかもしれない。


上記をまとめると、私がこれからしなければならないタスクは
  • 教えることになりそうな内容の粒度をパターン化する
  • パターン化した内容の順序を考える
だ。

はい、これ完璧に今年の9月にあった技術補完研修で習いました。
ここまで書いてようやく思い出しました。両国の日暮さんありがとうございます。


私のキリバス出立の日は2016/1/12に決定している。
すなわち、今から換算しても残り1ヶ月ちょいくらいしかない。
その間に全てを用意するのは困難であるのは承知の上だ。
だが、できることはやらなければならない。
でなければ、任国の人々に失礼というものだ。