2016/01/28

ナコナコ


とても青い、否、蒼い。
地面
白い、そして柔らかくも硬い。
上から照りつける日差しの強さは、蒼穹の深さが物語っている。
しかし、日差しは上から照りつけるのみならず、白い地面から反射した光が下からも我々を攻めたてる。
眩しい、目を開けていられない。
そして熱い。
暑いのではなくて、熱い。

日向は熱い、とても


帽子の縁で作る申し訳程度の日陰で上からの直射日光は防げるものの、地面が反射する光だけはどうしても防げない。
メガネを念のため調光レンズにしておいて良かった。

しばらくすると、にわかに空が翳り始める。
間もなくして、急に凄まじい勢いの雨が降る。
ここタラワの天気予報をiPhoneで見るとほとんど「Thunderstorm」になっているのだが、これはいつこのスコールが降るかわからないためだ。
現在は雨季とされているため割と雨も多いらしいのだが、ここ数年はその雨季、乾季という境も曖昧になってきているらしく、一年を通して割とよく雨が降るようだ。
少しは晴れろよ!いや、よく晴れてるんだけどさ!


実は今日、ホテルの水道が一時止まってしまった。
客室用に用意されていた水道用のタンクの一つが底を突いてしまったらしい。
タンクを切り替えてもらい、すぐに水道は復旧したのだが、このタンクの水の元になっているのは雨水だ。
ここタラワにおける生活用水は主に2つによって賄われている。
一つ目はご存知、雨水。
二つ目はなんと、井戸水だ。
当然、陸地が少なくすぐ近くに海が迫っているため地下水もそのほとんどが塩水なのだが、降った雨は地面にしみこんだ後にすぐに地下水の塩水と混ざることはなく、その上澄みとして真水の状態で残っている。
これが、ここタラワにおいて井戸水を生活用水として使用できる要因である。
ただ、いずれの水も直接は飲むことは出来ず、必ず煮沸を必要とする。
目に見えて不純物が多い場合は、ろ過も行う。
現在生活しているホテルにおいては割りと不純物は少ないので、私は水道水を煮沸した後の湯冷ましの水を飲料水として使用している。


さて、そんな生活が十数日ほど経過したわけだが、体調はすこぶる好調だ。
現在はまだ研修として、現地語の勉強をしている。
その授業をする際のメインの言語は、当然のように英語だ。
ちなみに、こちらで「イカ」というと魚になる。
「GO」は「NAKO」だ。
つまり、「I nako Betio(イ ナコ ベシオ)」で「私はベシオに行きます」になる。
そして面白いのは「WALK」が「NAKONAKO」であると言うことと、「TO」が「NAKO」であると言うこと。
つまり「私はベシオに歩いていきます」をキリバス語に訳すと

I nakonako nako Betio.

になる。
「イ ナコナコ ナコ ベシオ」ってなんかすげえ可愛いなおい!
明らかに、日本語の「歩く」や英語の「WALK」よりも、言葉として「歩いている」感がひしひしと感じられるような気がする。

ナコナコ

うん、なんかすげえ猫とか犬がナコナコしてる感じ。
これから、歩くときの擬音として「テクテク」とか「トコトコ」に加えて「ナコナコ」使ってみませんか?
使いませんか、そうですかー。残念だなー。

ちなみに挨拶は朝昼晩変わりなく「Mauri」だ。

道を歩くと、我々が日本人だからなのか、それともこの国の人達の人柄なのかわからないが、よくマウリマウリと道行く人々と挨拶を交わす。
ニッコリ笑いかければ9割がたニッコリ笑い返してくれる。
その際マウリと言えば、必ずマウリと返ってくる。
たまに向こうのほうから「Ko na aera?(コ ナ アエラ?)」などと聞いてくることもある。
これは「どこにいくの?」とか「なにしてるの?」といった、現地人同士で日常的にかわされる挨拶のようなものだ。
この問いに「Ikai(イカイ)」と答えれば「ちょっとそこまで」というやり取りが完成する。
とりあえずは誰とでも良い、この「Ko na aere?」から「Ikai」へのやり取りをこなしてみたい。
実は一度、そこらへんでたむろしている若者に言われたことはあるのだが、その際は瞬時に反応できず困った顔をしていたら「Where are you going?」と英語で言いなおしてくれた。
それでも「あー、えーっと、Here」としか言えなかった私はヘタレです。
さあキリバス人よ、誰でもいいからこの私に再びコナアエラって言え!言うんだ!

ちなみにベシオ地区というのは大きな港がある街で、物が沢山あるいわゆる経済の中心地なのだが、これに関してはまた後ほど書かせて頂こう。

さて、実は明日から研修の一環として三泊四日のホームステイが待っている。
正直英語すら怪しい今の私にキリバス語でホームステイ先のホスト達とまともなコミュニケーションが取れるとは思っていない。
まあ、事前に聞いている情報だと家族皆割りと英語が堪能だし、父親が省庁に勤めているということなので、かなり裕福なんだろうと思う。
その関係で週末にブログの更新が出来ないため、今回は早めの更新でした。
帰ってきたらホームステイの結果報告します。

それでは、また。

PS: 英語の勉強は毎日少しずつ続けています。

2016/01/24

南国の果物と共に生きる

ココナッツの木の幹にはところどころ切れ目が入れてある。
物によってはそれがないものもあるが、そういうものにもたいてい釘などが刺さっている。
なぜか?それは人が登りやすくするためだ。
若い男性がココナッツの木を登る。
速い、実に器用なものだ。
木の上には当然ココナッツの実がなっているのだが、それとは別に、なぜかペットボトルがくくり付けてある。
若者がそれを手に、ココナッツの木を降りてきた。
中には何かの液体が入っている。
「Try it」
飲め、と言うことだろうか?
え、これ飲めるのか?
促されるまま中の液体を少し手に取り、啜る。
甘い、ココナッツの樹液だろうか?
現地の人達はこれを煮て成分を濃くし、メープルシロップのようにして料理に使ったりすることもある。
実際、煮込んだ後の樹液を見せてもらったが、その色は蜂蜜さながらだ。
味は甘苦い感じ。工夫すれば良い調味料となるはずだ。

この国、キリバスにはとても子供が多い。
とても、多い。
その日はキリバスの伝統的な暮らしをしている集落へ訪問したのだが、ちょっとした集落にも子供が数十人といる。
ある日、私の父が日本へ来たベトナム人から言われたそうだ。
「日本には、子供は、どこに行けば、見れますか?」
彼らの感覚からすれば、これが正常なのだ。
日本には、あまりにも子供が少なすぎる。
子供すげえ沢山


総じてみんな可愛いです


そんな伝統的な集落において、色々ともてなしをしてもらう機会があった。
集落を案内してもらい、料理をふるまってもらう。
意外にも野菜と呼ばれるものもいくつか出てきた。
以下がその料理のラインナップである。

  • ココナッツの実の樹液漬け
  • カボチャ
  • ブレッドフルーツ
  • マグロの酢漬け
  • 米(ココナッツジュースで少し味付けがしてある)
  • 貝の塩漬け
  • 干した海草

カボチャは日本で食べるようなカボチャとは若干違って少し水っぽい。
ブレッドフルーツもカボチャと同じような食感と味で、我々にはなじみはないが瓜科の植物だ。
もっと魚が出てくるかと思ったのだが、今回の食卓ではマグロの切り身を酢のようなもので味付けしたもののみだった。
ただ、このマグロと米の相性が抜群なのである。
貝の塩漬けは、ちょっと塩味がきつかったかもしれない。
カボチャかブレッドフルーツで塩味を薄めながら頂く。
海草は、どうやら近海の底に沈んでいるものを採ってくるらしい。
キリバスの近海にはそこらに海草のようなものが沈んでいる。
いや、海草なんだろうけど、それを食おうとは思わんなー。
食べてみると、まるでスルメのような食感だ。
うん、これはいける。酒が欲しくなるなこれは。

さて、おもてなしに舌鼓を打った後は、集落においてココナッツがどれだけ重要な役割を担っているかの説明を受ける。

キリバス人は、ココナッツと共にある、といっても過言ではない。
それを説明するためにはココナッツがどれだけ余すところなく使用されるかを語らねばならないが、なんと家の材料にもしたりする。
まず、キリバスの伝統的な家には壁がない。
時には風が吹くこともあるだろうに、その時はどうしているんだろうかという疑問はさておき、その家に入ってみると、確かに涼しい。これは快適だ。
中と外で3度は気温が違うのではないかと言うくらい涼しい。
ちなみにその家は、全てがココナッツによって作成されている。
幹を骨組みに、屋根を葉っぱで覆えば完成だ。
骨組みを組むためには紐が必要になるのだが、それすらココナッツから作成する。
紐の元となるのは、ココナッツの実の外側を覆う繊維たちだ。

キリバス人は、ココナッツの実を食べるとき、その成熟具合によって食べ方を変える。
ちなみに、ココナッツも他の植物にありがちな色の変色を見せる。
青ければ未熟、黄色ければ成熟。
ココナッツジュースとして使用されるのは青いものだ。
また、ココナッツの実の内側には白い層が存在するのだが、成熟度合いによってその層の厚みが変わってくる。
成熟すればするほど、その白い層の厚みが厚くなる。
なお、この白い部分も彼らにとっては貴重な食料の一つだ。
ただし、成熟すればするほど中のジュースは味が悪くなってしまう。

そんなココナッツを食す際、彼らはまずココナッツの皮を全て剥く。
ここでいう「皮」とは繊維層のことを言うのだが、まずはココナッツの実がどういう層で形成されているかをまずは説明しよう。
ココナッツは、感覚的に以下のように構成されている、と思う。

  • 外皮
  • 繊維層
  • 内殻(繊維層を剥いた後に出てくる硬い殻)
  • 内実(食べられる部分)
  • ジュース

このうち、内殻から外側の繊維層を全て剥ぎ取るのだが、その際に使用する道具もかなりアグレッシブだ。
見ると、腰くらいまでの高さのとがった金属製の柱のようなものが地面から直立している。
太さは手首ぐらい。
これはなんだと思っていると、若者がココナッツをおもむろにその柱へ刺し込んだ。
その鉄柱の先端にココナッツを叩きつけ、器用に皮を剥ぎ取っていくのだ。
あの柱、すげえ危ないと思うんだけど、大丈夫なんだろうか。
子供走りまわってっけど。
内殻の一部、カッチカチやぞ


剥いた後の皮は、いったん地面に埋める。
乾燥させるためなのか、なんなのかわからないが、とにかく埋める。
しばらくしたら掘り起こし、器用に繊維を編みこんで紐を作るのだ。

それ以外にも、使えなければ火の燃料にしたりなど、ココナッツは余すところなく全て使用される。

葉っぱも屋根に使用するばかりではない。
ココナッツの木の葉は一本の枝に何枚も細長い葉がくっつくことで形成されているが、その葉を編みこむことで絨毯のようなものを作ることだってある。
実の繊維から作られた紐と貝を使って民芸品を作ったりもするようだ。
その民芸品を扱う民芸品屋さんへも連れて行ってもらえた。
その際になんと、一つただで持っていって良いというのだ。
心遣いに感謝し、一つ頂く。
ありがとう、これ一つ作るのにもかなり時間かかったろうに。

貝のペンダント、常備しています。


キリバス人にとって欠かせない、欠かすことの出来ないココナッツ。
おもてなしや民芸品のお返しとしてと言うのもなんだが、内殻の部分を使って新しい何かを作れないかと考えている。
この部分、実はかなりの硬度を持っており、彫刻に耐えうるのだ。
まあ、単純に器として使えるは使えるだろうが、それだけではなんとなく味気ない。

何か、良い案はないだろうか。



雨上がり、虹の色は日本と変わりません


2016/01/18

Dive To Blue

ヤシの木。
それらの隙間から見える、エメラルドグリーンの海。
見上げる蒼穹は、これまで見たどれよりも深い。
木々の間を見たことがない鳥が飛び交う。
鶏のクックドゥードゥルドゥーがひっきりなしに聞こえてくる。
唐突に叫び始める近所の子供たち。
時折聞こえるサイレン、これはパトカーなのか救急車なのか。

気温は30度に満たないか、それくらい。
湿度は天候による。
午前中はここが本当に赤道直下なのかと疑いたくなるほど涼しく、過ごしやすい。
晴れているときはとてつもなく強い日差しが照りつけるため、日のあたるホテルの玄関側はとてつもなく熱くなる。
ベランダは必ず日陰となるため、一日を通してとても心地が良い。
ヤシの木の下に建っている島の伝統的な家には、事前情報通り、壁がない。
屋根だけ、ヤシの木の葉を束ねて作ったと思われるもので覆っているが、日陰を作るだけで十分涼しいのでこれで全く問題はないのだ。

さて、ここまでの感想を一言で述べると、「まるでリゾート」だ。

他に日本以外の海のリゾート地へ行ったことがあまりないので比較は出来ないが、キリバスは相当良いリゾート地になりうる。
治安もかなり良いようだ。
ただ、最近は失業率の高さが問題となってきているらしい。

さて、キリバスという国をざっくりと説明したところで、現在の私の状況をまずは振り返ってみようと思う。

本日はキリバス到着から6日目。
一昨昨日はオリエンテーション一日目ということで、各関係省庁や職場訪問などを行った。
日中はほぼ車移動であったため、かなり大変だった。
一昨日は土曜日なので基本はオフなのだが、なんと現地に住んでいらっしゃる日本人の方々や先輩の隊員の方々、JICA関係でちょうどいらっしゃっている方が歓迎パーティを催してくれたので、ありがたく参加させてもらった。
驚くべきことに、出てきた料理は散らし寿司、ざるそば、フライドチキン、茶碗蒸しなど、ここでそろえようと思ったらかなり大変な代物だったはずだ。
散らし寿司には、なんとカニまで入っていた。
ここら辺でカニなんて採れるのか?と思っていたら、なんとこれも日本から持ち帰った冷凍ものを使用してくれたという。


感謝、圧倒的感謝・・・!


昨日は休日でそれぞれの余暇を過ごす。
実はこの文章も昨日のうちにしたためていたのだが、ネットの関係であげることが出来なかった。

今日からは、3週間ほどはオリエンテーションや現地語学研修が続くことになる。
それまでは同期隊員と一緒だ。

まだ、まだ始まらない。
しかし、モチベーションはかなり上がった。
休養も昨日十分にとった。


さあ飛び込もう、果てしなき蒼穹へ。
あ、ちなみにスキューバダイビングは禁止です。

2016/01/11

My Second HELLO WORLD

黒いコマンドプロンプトの画面に、たった一言「HELLO WORLD」という文字が表示される。

こんにちは、新たな世界。
この度、私はそちらへ足を踏み入れることとなりました。
世界よ、私へWELCOMEと言ってくれるだろうか。
私の来訪を歓迎してくれるだろうか。

7年前、テキストファイルに以下の文字列を打ち込んだのが全ての始まりだ。
public static void main(String[] args){
    System.out.println("HELLO WORLD");
}
全てのプログラマが、まずはこの「HELLO WORLD」を画面に表示させるところからスタートする。
どんなプログラミング言語をやるにしても、ほぼ例外はない。
プログラムという名の大宇宙を開く鍵、プログラミング。
だからこそ、その世界へ入るため皆、まずは「世界」へ挨拶をする。


明日、私は日本を離れ、文字通り世界と「こんにちは」をすることになる。
過去に旅行でタイや台湾、上海に行ったのとはわけが違う。

私の一回目の「HELLO WORLD」は、良くも悪くも大変だった。
1日のうち15時間をプログラミングに費やす日が半年続く期間すらあった。
その一回目の七年間が、私の二回目の「HELLO WORLD」を導いた。
二回目の「HELLO WORLD」は、果たしてどうなるのだろう。


こんにちは、新たな世界。
この度、私はそちらに足を踏み入れることとなりました。
世界よ、私へWELCOMEと言ってくれるだろうか。
私の来訪を歓迎してくれるだろうか。


願わくば、全ての協力隊員の「HELLO WORLD」に祝福があらんことを。


2015/12/31

言葉の裏に隠された意味とは

書きたいことが山のようにある。
なら全部書けばいいじゃんと思うだろうが、とてもじゃないがまとまりきりそうにない。
これまでのこと、これからのこと、自分自身のこと、キリバスのこと、頭に浮かんでは頭の中で言葉にしてみるのだが、いざそれを文章として起こした場合、何時間かかるかわからない。
が、いったん今回は今年中に書いておいたほうがよさそうな内容を書いておこうと思う。

まず、一つ誤らなければならない。
前回のエントリーで、「訓練の終了式で何を感動することがあるだろうか」などと書いたと思う。



すみません、普通に感動してました



5回くらい泣きそうになりました。
まあ、訓練生活では本当に色々とあったんです。

一番初めの泣きそうになったポイントは、終了式当日の朝。
最後のオリエンテーションがある講堂で、オリエンテーションが始まる前の礼をする際に放たれた一言。

「青年海外協力隊員、起立!」

その時、私はようやく青年海外協力隊になったのだ。
それまでは、我々に放たれる言葉は

「候補生の皆様、ご起立ください」

だった。
我々はその前日までは、彼ら訓練所スタッフにとっては「客」だった。
それが、その日を迎えてようやく、我々は彼らの「後輩」となったのである。
机に置かれた「Japan Overseas Cooperation Volunteer」の文字が描かれたピンバッジを手に取る。
たったこれだけのことが、大いなる感慨となって私の中に流れ込む。
隣の席に置かれたピンバッジにも、同じく「Senior Volunteer」の文字が

・・・ん?!

ごめんちょっと待って。

この中にシニアボランティアいねえはずだよな?!(シニアボランティアはひと月以上前に全員訓練終了)

結局手違いがあったようで、ピンバッジはいったん全部回収されていきました・・・。

こんなところにネタぶっこんでくるあたりさすがです先輩!!!!!!!


そんな訓練生活の最後の最後で、私とは別の生活班が面白い試みをしていたので、ここで取り上げたいと思う。
内容は、班員全員で俳句を読み、その俳句のどれが最もすばらしい作品であったかを競うと言うもので、「候補生に一人一票ずつ投じてもらうことで、優劣をつけるそうだ。
各自の作品は一枚の大きな紙にマーカーで書かれ、候補生全員が見ることが出来る位置に掲示されていた。
その全てが秀逸な作品で、私もどの作品に一票を投じるか小一時間は悩んだと思う。
その結果、とある作品が最も秀逸であると感じ、一票を投じたのである。
今回、その作品の作者の了解を得て、ここに掲載させて頂くことにした。
その作品は、以下のものである。


洗濯機 とても空いてる 土曜夜


私が一票を投じる上でまず考えたのは、これが「青年海外協力隊候補生が作成した、青年海外協力隊候補生としての俳句」であると言うことである。
ならば、その句を見たとき、万人がその句を理解できる必要はない。
逆に、万人が理解できてはならない。
青年海外協力隊候補生、ならびにOBがそれを見たとき、「あぁ~、確かにそうだよなー!」と言えるものであればそれでよいのだ。
それを踏まえた上で、この句を細かく見ていくとしよう。

まず、青年海外協力隊候補生は、例外なくその全てが必ず訓練合宿を経る。
その訓練合宿においては、風呂をはじめ洗面所、トイレなど、色々なものを共用することになるのだが、そのうちの一つに洗濯機がある。
洗濯機は合宿所の宿泊棟のそれぞれの階に複数台乾燥機とペアで設置されており、ある程度の台数もあったため、普段はそこまで渋滞する心配はない。
しかし、それでも平日は大体が全ての洗濯機がフル回転となっており、時には全ての洗濯機が使用中ということもしばしば起こり得た。
それが起こる原因の一つに、洗濯機の「利用時間制限」がある。
日曜日以外は、洗濯機はなんと12時半から17時までは使用禁止なのである。
何故かは知らん。
すなわち、日々の生活の中でも洗濯というものにかけられる時間には限りがある。
であれば、時間を有効活用するため、洗濯と乾燥を一気にやってしまえる夕方から夜にかけてやらなければならない、ということになる。
ちなみに夜は22時20分以降は洗濯機、乾燥機ともに常に使用不可となる。
みんな寝るしね。

要は、効率よく選択をするのであれば、午後の課業が終了した17時に洗濯機をまわし始め、食事や入浴を済ませて宿泊等に戻ってきたタイミングで終了した洗濯物を乾燥機にかけ、1時間弱放置と言うのがもっぱらのルーティーンなのだ。
全員がこのルーティーンを取っていれば、平日の夜は洗濯機が渋滞するのも頷けるというものだ。

そんな中、唯一夜に洗濯機が空く曜日がある。
それが、土曜日だ。

なぜ空くのかというのを説明するには、これまた別の要因を説明しなければならない。

先のエントリーで述べたこともあるかもしれないが、青年海外協力隊候補生の日常は、月曜から土曜日までは9時45分から17時までみっちりと課業で占められている。
平成27年度3次隊には幸か不幸か、ただの1日も連休が与えられることはなかった。
そして、月曜日から金曜日までは門限が19時までと決められている。
19時以降は施設の全てを施錠し、それ以降は入ることも出ることもできない。
しかし、土曜日と日曜日だけはその門限が22時まで引き伸ばされる。
候補生たちに唯一許された、わずかな自由がそこにはある。

合宿所の施設内は前面禁酒。
缶ビール一本でも持ち込んだことがばれれば即退所。
酒が飲めるタイミングなど、その土日のどちらかしかありえない。
であれば、翌日が休日となる土曜夜に飲みに行かない理由などありえない。
そんなこんなで、候補生のほぼ半数が土曜の夜は外出し、仲間とともに杯を酌み交わすことになる。
当然、外に出ていれば洗濯をすることも出来ない。
必然的に、土曜の夜は洗濯機がとても空くことになるのである。

まあ、これだけであれば「あー、普段忙しいから皆飲みに行ってんだねー」くらいの感想しか生み得ないだろう。
しかし、最も重要なポイントが、この句には隠されているのである。



それは、「なぜ土曜の夜に洗濯機が空いていることに気付けたか」と言うことだ。



土曜の夜にいつも飲みに行っているのであれば、土曜の夜に洗濯機を回す機会もないだろう。
であるならば、土曜の夜に洗濯機が空いているということにも気付けたはずはない。
すなわちこれに気付けたという人は、他の候補生が飲みに行っている間、なんかしらの理由で飲みに行くことが出来なかったと言う人なのである。

原因は色々とあるだろう。
語学の勉強がどうしても追いつかず、土曜の夜や日曜をフルに使わざるを得なかった人。
人間関係がうまくいかず、どうしても飲みに誘われたメンバーとそりが合わないと感じたため辞退した人。
そもそもお酒が飲めない人。
こんな原因は、青年海外協力隊員でなくても、誰でも起こりうることでもある。
しかし、協力隊候補生としての訓練合宿においては、ほぼ確実に全員がなんかしらの問題を抱える。
普段社会人生活を送っている中では、決して起こりえないような問題を抱える人すらいる。
その問題の中には、たまの休みに飲みに行くことすら阻むようなものもあったりする。
この句を読んだ彼がどのような問題を抱えていたか、それとも抱えていなかったかは私が知る術はない。
しかし、私自身がなんかしらの問題を抱えながら訓練生活を送っていたと言うことは、この句に隠された本当の意味に気付けたという点から見ても、間違いないのだろう。

さて、長々とたった17文字の文字列に秘められた意味を考察してきたわけだが、この句がいかに秀逸な句であったかがお分かり頂けたかと思う。
と言うことで、この句の私なりの解釈の要約を、以下に述べさせて頂こう。


普段は混んでいる洗濯機も、土曜の夜は皆が飲みに行っているために利用者が少ない。
自分は語学の勉強が追いつかないため、その飲みに参加することすらできず勉強し、ついでに洗濯機を回している。
回る洗濯機を見ながら思う。
本当に、こんなことで途上国へ行っても大丈夫なのだろうか?
不安に押しつぶされそうになる。
全てを忘れて、皆と飲みに行けたらどれだけ楽だったのだろう。
もう今、自分が辛いのかそうでないのかすらわからない。
この洗濯機のように、ただ、過ぎ行く日々を回すのみ。


なんかちょっと深読みしすぎですかねぇ?!


すみません、色々と物事を深読みしすぎる悪いくせが出てしまったようですテヘペロ。
なんとなくこのエントリーは、私という人間がどれほど疑り深いかが良くわかるエントリーとなりそうだ。
まあ、この点に関してはまた後ほど述べさせて頂くことにしよう。


さて、そんなこんなで迎えることとなってしまった大晦日。
今年は本当に激動の一年となりました。
春、今の職場に疑問を感じた。
受かるかどうかわからないまま辞めた仕事。
宙ぶらりんのまま過ごした夏。
協力隊候補生として色々なことを詰め込んだ秋。
無事、協力隊員になることが出来た冬。

来年、私は青年海外協力隊として南国の楽園へ行きます。
この一年、お世話になった全ての人と、携わった全てのものに感謝いたします。

ありがとう。

そして、来年もよろしくおねがいします。


2015/12/13

派遣前合宿その10 方法論

寒空の下、片道40分の道を歩いて店にたどり着き、席についてメニューを見る。
さて、今日は何を食い、何を飲もうか。
ひとまず今は腹が減っているのでガッツリと食べたい気分だ。
ふと、中華料理屋にもかかわらずメニューにある「ソースカツ丼」が目に付いた。
ご丁寧に「オススメ!」と書いてあるあたり、ソースカツ丼のメッカである駒ヶ根らしいと思う。

「あ、ソースカツ丼と、それからー・・・」

少し悩んでいると店員が口を開く。

「クロキリ、お湯割り?」

「あぁー、じゃあ、それでw」

店員さんが中国人なのは実に中華料理屋さんらしい。
完全に顔を覚えられているようで、いつも飲む芋焼酎「黒霧島」のお湯割をお勧めしてくる。
こちらとしても特にそれで不満があるわけではなかったのでそれをオーダーした。
一人で飲むのはこれで何回目だろうか。
訓練生活のラスト三週くらいからこれをはじめたのは、生活が急に楽になり始めたという理由もあるが、やはり私はお酒を飲むのが好きなようだ。

今週が、駒ヶ根での最終の休日となる。
はたして中華料理屋の店員さんは、私が協力隊候補生だということに気付いていただろうか?
もう、この中華料理屋でソースカツ丼を注文することも黒霧島のお湯割を注文することも無いだろう。
そう思うと、店員が暇になるのを見計らって「ありがとう、お世話になりました」くらいは言ってもよかったかもしれない。
ありがとう、ここで食べた春巻き、美味しかったです。


さて、話は変わっていよいよ今週が派遣前訓練の最終週である。
といっても、先週までの間に講座関連テストも語学テストも完了してしまったので、今週はほとんどもう何もやることが無い。
語学のクラスも先週に終わってしまった。
やることといえば、後片付けと壮行会と、あとは家に帰るだけだ。
忘れてはいけません。おうちに帰るまでが遠足です。
ほぼ全ての訓練メニューを消化したにもかかわらず、最後の休日で羽目をはずしすぎて派遣取り消しとなってしまう人が、なんとかなりの頻度でいるらしい。
にわかには信じがたいが、事実だそうだ。

あと、このエントリーは駒ヶ根の訓練所における最後のエントリーとなるわけだが、残念ながらしんみりとした雰囲気にはするつもりはない。
なぜなら、私たちはまだ何もしていないのだから。
まだ日本から出てすらいない私たちが、何を感動することがあるのだろうか。
これから任国で起こるであろう出来事の数々に比べれば、恐らくはこの訓練所で身に降りかかってきたその全てがまるで旱魃に苦しむ土地に降りそそぐ恵みの雨のように感じるだろう。
私の出発日は1月12日だが、そこまでに私がする必要があるのはただ一つ、「気持ちを切らさないこと」である。
家に帰ったら、数週間の冬休みが待っている、などということはありえない。
恐らくはこれまで以上の語学の自主訓練、および任国へ向けての準備が待っている。
重要なのは、セルフコントロールである。

実はそのための準備を今からしていたりする。
いかに語学を無理なく勉強するか。
もし単語を覚えるという作業がつまらないのであれば、つまらなくない方法を見つければいいだけの話だ。
もし長時間英語に触れているのがきついのであれば、きつくなくなるような方法を見つければいいだけの話だ。
要は、いつも思うことなのだが、方法論である。
精神論は、ありとあらゆる方法を試してそれでも駄目だったときに好きなだけ唱えればいい。
残念ながらメンタルが豆腐な私は、その精神論とやらがとてつもなく苦手だ。
いやお前元空手部だろうがよというツッコミに対しては全面的に謝るけれどもやな。
でも、空手部にいたときも言われました。

気合が無ければ何も出来ないが、気合だけでは何も出来ない。
根性が無ければ何も出来ないが、根性だけでは何も出来ない。

何でもかんでも、とりあえず頑張ればなんとかなる?
世の中そんなに甘くはない。

考えろ。

考えて考えて、とにかく楽な方法を見つけ出せ。

私は色々と探した結果、英語の勉強が出来るスマホアプリ(ゲーム含む)を色々と見つけました。
これがあれば、私の場合軽く1日10時間くらいは英語に浸ることが出来そうです。
加えて、訓練所で習ったことを復習しようと思います。
あ、こっちの方が先にやらないとね。

さて、今週からまた新しい生活がはじまる。

2015/12/06

派遣前合宿その9 粒度と順序

最近、訓練所にいて新たな悩みが発生している。
これまでのようにがむしゃらにやっていれば気がまぎれるようなものでもないので、余計にたちが悪い。
語学に関しては常にそのことだけを考え続けた。
人間関係に関しては、人の助けを借りたり、まあ自分で何とかしたりできた。
それで、なんとかここまで乗り切った。

しかし、「暇」だけはもうなんだか、どうしようもない。

徐々に終了していく訓練。
課業はこちらの意思とは関係なく上から下へ順番に流れていく。
それは、英語の課業に関しても同様だ。
過去のエントリーでも何回か触れたが、訓練中盤においては英語のテクニカルクラスへの準備が生活の大部分を占めていた。
しかし、先々週にそのテクニカルクラスの最後のプレゼンテーションも終わってしまった。

急に増える、自由時間。
いや、自由時間の物理量が増えたんじゃない。
自由時間を費やさなければならない課業が減っただけだ。
他の言語では「もう駄目だ・・・」と悲壮な声も上がっていると聞く。
授業が楽?違う、私自身が楽をしているだけだ。
まだ訓練だって終わったわけではないのにこれでは、家に帰ってからのことが今から不安だ。

考えなければならないことは沢山ある。
語学の勉強だって、もっとやらなければならない。
テクニカルクラスにて自身に課していたタスクも未完了のままだ。
今回は、そのタスクをここに記すとしよう。

まずおさらいだが、青年海外協力隊の訓練所における語学訓練は以下の二つに大きく分かれる。
  • ホームクラス
  • テクニカルクラス
ホームクラスとは、要はその言語の基礎力を高めるための授業だ。
その言語の文法の学習やボキャブラリーの強化など、その言語を使用するのに必要となる基礎をそのクラスで徹底的に鍛えなおす。
なお、他の言語の場合はイチからのスタートになる人も多いが、人によっては初期段階で大きく差がある場合もある。
したがって人数が多い言語の場合、ホームクラスは訓練所入所時の語学試験の試験結果においてざっくりとレベル分けされる。

これに対しテクニカルクラスとは、言語を使用する上での応用力の強化、すなわち「実践」である。
内容は基本的にはプレゼンテーション、人によっては模擬授業をやることになる。
こちらは職種に応じてクラス分けされる。
私の職種はコンピュータ技術なのだが、PC関連職種と言うことで「PCインストラクター」の方々と一緒にテクニカルクラスを実施することとなった。
私の内容は「DBとSQLに関する模擬授業」。
時間は40分の授業を5コマだ。
ゲゲゲ!40分の授業を5回もやんないといけないのかよ!
と、そのはじめは思っていたのだが、途中で気が付く。
DBとSQLなんて、たかだか200分そこそこの時間で教えきれるようなものではないということに。
そしてそこで思い出す。
そもそも、私はDBやSQLのことを教えてもらった経験がなかったということに。

そう、問題はまさに、語学の問題以前である「そこ」にあった。

私がITエンジニアを志したのは今から7年以上前の話だ。
私は転職の末、以前の会社に世話になることになった。
当然その時点でIT関連の技術は皆無、知識も経験もあるはずがない。
そんな私に最初に与えられたのは、研修課題だ。
≪研修課題≫
JAVA言語で指定された機能を作ってください。
わからないことがあれば先輩に聞くか自分で調べてください。
出来上がったら、レビュアーに声をかけてレビューしてもらってください。
以上。
それ自体は珍しいことでもないし、技術職であればOJT(On the Job Training)などよくある話だ。
研修が終了し、実際に現場で働くことになってからもそういったことだらけだった。
現場が変わるたびに変わる言語。
言語が違えば環境も違う。
そのたびに調べることは全て自分で調べ、自主学習と自己研鑽に努めた。
そして身に付く、「学習能力」。
ここでいう学習能力とは、完全に「プログラミング言語」限定の学習能力だ。
全く新しい言語を学習する場合に必要となる「学習内容」が、他の人よりは把握できている。
はじめに何が必要か、何をすれば動くのか、その結果何が出来るようになるのか。
ならば、それをただ教えればいいだけのことだと、思われるかもしれない。
しかし、事はそう単純ではない。
ここで私は少なくとも二つの問題に直面することになる。


それは「粒度」と「順序」だ。


一つ目の問題は「粒度」。
私が一番初めにプログラミング言語を学習した際、与えられたのは「課題」のみであった(実際はそうでなかったのかもしれないが記憶にないということは存在しなかったということだろう)。
誤解のないように言うが、私はそれが「悪い」と言っているのではなくて、ただ私の場合そうであったというだけの話だ。

ここで、私が「粒度」といっているものを再定義しようと思う。
ここで言う粒度とは、「目的地へ到達するために経由が必要な目標が現れる頻度」である。

「これが作れるようになれれば大体のプログラミングは習得していると言えますよ」という内容の課題を与えられ、ひとまずそれを自主的にこなす。
私は必死に課題をこなした。
なぜならば、その課題を完了することが出来なければ仕事を得ることが出来ないためだ。
結果として、私は2ヶ月間でJAVA言語をなんとか使えるレベルまで習得し、IT業界の現場へと旅立ったのである。
すなわち、私にとってはその「粒度」で問題はなかったのだ。

「何かを教える」という問題に対し、まず必要なのは「どれくらい教えるか」を考えることだと思う。
私の場合、教わったのは「どれくらい出来ればOKですよ」という「目的地」である。
人によっては、それさえ教えておけば後は自主的に自分で道を見つけて目的地へ到達してしまう。
つまり、その「粒度」は極めて粗いものだった。
しかし、これから私が任地にてIT技術を教えるとなったとき、果たしてそれと同じ粒度で良いだろうか?
答えは「NO」だ。

教え方の粒度が粗ければ粗いほど、その習得は教え子の「自主性」頼みとなる。
その自主性を支えるものは、教え子自身が持つモチベーションだ。
すなわち、教え子がその粒度に耐えうるモチベーションを持ちうるのであれば、ゴールだけ与えておけば良い。
しかしそうでないのであれば、細かく中継地点を設け教え子を誘導してやる必要がある。
でなければ、教え子は途中で道を見失い迷子になるか、諦めるかしてしまう。
しかし、手取り足取り教えることが正解でもないような気がしている。
なぜなら私が行く場所は国の省庁であり、教える相手は少なくとも政府機関のスタッフだ。
恐らく私は働きながら、教え子へIT技術を教えていくことになる。
ならば、イチから全てを教えている時間など存在しない。
それに相手は少なくとも大学を卒業している大人なのだ。
手取り足取りなど不要である可能性もかなり高い。

テクニカルクラスが終了して少し経つが、これに関して掘り下げて考えることは出来ないでいる。
ただ、とりあえずは現地へ行き、国民性や現場の空気、教え子自身のキャラクターをみて判断するのが一番なのではなかろうかとも思えてくる。
とはいえ、今のうちから「どれくらいの粒度とするか」のパターンはいくつか作っておく必要があるだろう。


二つ目の問題は「順序」。
教える内容の「粒度」がもし確定し、ある程度の内容を教えなければならないとなった場合、どうしても教える内容に「順番」が発生する。
全ての内容を一気に教えることは不可能だからだ。
まず、何を、教えるべきなのか?
まずはさておき、その言語の習得がなぜ必要なのかを教えるか?
それとも、何はなくとも動くソースコードを与えて動かさせてみるか?
最も簡単なソースコードを書かせてみるか?
言語の文法からいきなり教えるか?
なぜこれらの順序がわからないかというと、これも「教わった経験がない」からに他ならない。
「私がどうしてきたか」を語るのは簡単だ。
だが、前述した通り「それで良いか」どうかは別問題である。

私の場合、課題が与えられて、それが必要となる環境をまずは自分のPCへ設定する。
Oracleってなんだ?よくわからんけどとりあえずインストールすればええんやな。
JAVAってJDKってのインストールすればOKなん?
Eclipseってなに?!
Apacheってなにーーー?!
よくわからんけど全部入れればええんやな?!
とりあえず全部動くようになったけどほんまにこれでええんやな?!

え、あぁ、あー・・・、なんか画面に「Hello World」って表示されたけど、これでやっとソースコード動かせるようになったわけなんやなー。


つまり、課題の中心である「プログラミング」へ到達するまでに「よくわからないけど進まなければならない工程」を経ている。
この工程は一般的に「開発環境の構築」と呼ばれる。
正直に言うと、面倒くさいことこの上ない。
実際プログラミング初心者がプログラミングの勉強をするうえで壁の一つとなるのが、この「開発環境の構築」である。
私が任国で教えるとなるときも、これに関しては細心の注意を払う必要があると感じている。
つまり、ホントのホントにはじめから、つまり開発環境の構築からやらせるのか、もしくはクソ面倒で挫折しがちな開発環境の構築を教えるのはひとまず後回しにしてとりあえず出来上がってる環境を与えてソースコードを教えるところからはじめるのか。

最終的に全て教えることになるといっても、その順番を違えると所々内容の理解が浅くなってしまったり、興味を引き出しきれなかったりすることもあるだろう。
これに関しても、教える内容の「アウトライン」だけは事前に想定しておいたほうが良いのかもしれない。


上記をまとめると、私がこれからしなければならないタスクは
  • 教えることになりそうな内容の粒度をパターン化する
  • パターン化した内容の順序を考える
だ。

はい、これ完璧に今年の9月にあった技術補完研修で習いました。
ここまで書いてようやく思い出しました。両国の日暮さんありがとうございます。


私のキリバス出立の日は2016/1/12に決定している。
すなわち、今から換算しても残り1ヶ月ちょいくらいしかない。
その間に全てを用意するのは困難であるのは承知の上だ。
だが、できることはやらなければならない。
でなければ、任国の人々に失礼というものだ。